直隠居の余噺日記

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zoom RSS 一谷嫩軍記 (馬の足余噺)

<<   作成日時 : 2006/02/08 10:02   >>

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今月の歌舞伎より(昔の余噺より再録)
お菓子屋の馬の脚
今月の歌舞伎座では幸四郎(熊谷次郎直実)・福助(平敦盛)で<一谷嫩軍記>『陣門』『組討』が上演されます。同じ<一谷嫩軍記>でも『熊谷陣屋』にくらべてこちらはあまりでませんね。いろいろ派手でしどころも多く役者も大勢出る『熊谷陣屋』と違い、内容も地味で役者の人数も少ない『陣門』『組討』はどうも人気がないようです。
しかし、この場は単に『陣屋』につながる場面と言うだけでなく若い恋人たちの哀れな死、表向き敵の大将実は身代わりの我が子を討つと言う苦衷、味方の平山武者所を欺くための演技など熊谷、小次郎ともむずかしいハラの演技が要求され見応えある一幕です。役者にとっても実力の問われるなかなかのものなのです。

昭和23年戦後間もない東劇でも『組討』がでました。この時は初代吉右衛門の熊谷に7世梅幸の敦盛と言う顔合わせ。平山武者所に大番頭・吉之丞、そして玉織姫になんと六代目歌右衛門(当時:芝翫)と言うベストメンバーでした。梅幸は当時から敦盛・塩谷判官・義経などの役は天下一品で、六代目菊五郎よりも良いなどとも言われていました。初代吉右衛門なら実弟の十七代目勘三郎(当時:もしほ)を敦盛に…というところなのでしょうが、ここに敢えて梅幸を起用したあたりが大播磨の意気込みが感じられます。(この当時のもしほを知っている人ならニヤリと納得。)それほどに気合の入った『組討』に出演者万全を期すといった感じでもひとりと欠けるわけにはいかなかったことでしょう。

ところが、初日を数日後にして馬の足を勤める役者が一人故障を起こして出演不可能になりました。
皆さんもご承知のとおり、この芝居は2頭の馬が出、熊谷と敦盛の一騎打ちに両人を乗せて活躍します。当時戦後で大部屋さんの数も少なく、トンボの切れる人も八重之助、梅佑など数人しかいませんでした。まして馬の脚などやれる人は尚更少なく(1頭に2人×2頭分で)4人ぎりぎりだったようです。一般の方には「たかが馬の脚」などをおっしゃる方がいらっしゃるかも知れませんが、この役はまず不慣れな人ではつとまりません。もしあやまって大事な看板役者を落っことしでもしたらそれこそ一大事!力と体力だけではダメで上の役者との息も合わせねばならず、特殊技能者と言っても良いでしょう。(特に後脚がむずかしいと言われています。)皆々大いに弱りましたが、そこである人が「そうだ“お菓子屋”がいる!」といいました。

実はこの“お菓子屋”というのが 私 naojiroの大叔父(祖母の弟)で戦前は二代目左團次の一座で“市川左喜松”と言う名の中堅俳優でした。「狂言半ばではございますが…」という名題披露の口上をあの十五代目羽左衛門にやってもらったというのが大自慢。(『鈴が森』だったそうです。きっと雲助でもやってたんでしょう。)戦後役者ではでは食えなく、自分でドサ周りの一座など作って座頭になり東京大歌舞伎などとご大層な名前を付け田舎回りをしていました。(その頃こんな劇団は結構ありました。)
そんなわけでしばらくはそういう役者業をやっておりましたがそれもうまくいかず、ツテを求めヤミの和菓子を仕入れ(芋ようかん、饅頭程度ですが)をする“お菓子屋”となっていたのです。
当時は砂糖も小麦粉も統制中でおおっぴらには売れませんので、昔仲間の大部屋の楽屋などへ重箱に入れて持ち込み商売していました。親戚の子供たちの中でも歌舞伎好きな私を可愛がってくれて「お前も来るか」とよく楽屋口からいれてもらって客席でズル見物させてもらいました。甘い物に飢えていた当時のことでお偉い役者さんたちも結構ご贔屓にしてくださって良い商売してたようです。

身近にこのようなベテランがいたのを気がつかれたのが運のツキ。頼みこまれて馬の脚にはいることになり、どうやら無事にその芝居の幕は開きました。この時の『陣門』『組討』は本当に素晴らしいもので、これを観られたことの幸せは数十年経った今でも忘れられません。
叔父さんはこれがきっかけでまた芝居の世界に戻ってしまいました。まこと「ナントカと役者は3日やったらやめられない」とはここらのことをいうのでしょう。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
直次郎さん、英夫君から聞き初めて書き込みます。
さすがお兄さんです、自分には良く解りません、
年賀状有難う御座います、又宜しくご指導ください
hrikukunn
URL
2006/02/09 08:27
ブログ読ませて頂きました。大叔父様が役者さんだったんですね。道理で歌舞伎お詳しい訳です。幸四郎見たいです。又、歌舞伎いろいろお教え下さい。
From my favorite sto...
2006/02/10 10:12

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