法界坊あれこれ

 9月の歌舞伎座は秀山祭でした。
 初世吉右衛門を偲んで吉右衛門が由縁の俳優と初代を偲ぶ舞台を演じています。
 
 初世は昭和29年亡くなったので、私は随分見ています。
 盛綱陣屋の上演時その首実検の場面をアサヒグラフが連続写真で載せて盛綱の心理の動きを解説してくれたので、歌舞伎初心者の私には大いに参考になりました。

 今回の演目は「法界坊」と「太閤記十段目」で、文句ありませんが、私としては仁左衛門を相手の「先代萩」の「対決」とか初世いらいあまり上演されてない「清正」(二條城の清正、地震加藤)なども追善として考えればちょっと見てみたいです。(あんまり切符売れないか?)

 私の見た法界坊は昭和23年の演舞場でそれまで清正か熊谷の吉右衛門と思っていたので、ビックリしました。
 吉右衛門はこういう役が結構お好きだったようで、「権三と助十」の大家さん、「松竹梅湯島掛額(紅長)」の紅屋長兵衛で八百屋お七と吉三をとりもち二人を妨害する悪漢どもを真言密教のお土砂を振りかけてクニャクニャにしてしまうところなど楽しそうにやって客席を沸かせました(紅長はあまりやりませんが数年前に富十郎がやりました)
 当代吉右衛門も法界坊は何回もやってますが、歌舞伎座のときすぐ前の席に、ちょうど来日していたゴルバチョフ夫人と海部総理夫人が来たことがあります。SPが周りの席を埋めていました。

 法界坊と言えば子供達に人気あったのが映画「エノケンの法界坊」でした。殺された法界坊が幽霊になっておくみ要助の婚礼に出て “高砂やー、高砂やー”と結婚行進曲を唄って消えて行くというラストシーンで、これが下町小学生の間では大いにはやり、仲の良い男の子と女の子を“高砂や-”とはやしてからかったものです。(マセてますね)
 今回はあまりお芝居の話でなく年寄りの昔話になってしまいました。
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