2月のnaojiro余噺

あっという間に2月もおしまいになりました。

今月は三津五郎の急逝で、外のことはみな吹っ飛んでしまって、歌舞伎について書くことも出来ません。
三津五郎は 7,8,9,10代目と見て来て、私が見た中では10代目が一番です。踊りの神様と言われた7代目は最晩年に、六歌仙の喜撰、(初)吉右衛門の副将格として幡随院長兵衛の唐犬権兵衛など見ただけですので、全盛期の6代目とのコンビがどんなモノか、15代目の羽左衞門を見なかったことと並んで私の歌舞伎観劇のなかの最残念事です。

勘三郎、團十郎、三津五郎、そして福助は療養中と、これからの歌舞伎はどうなってしまうのか心配ですが、むかし昭和24年に7代目宗十郎、6代目菊五郎、7代目幸四郎と大御所が次々と亡くなって、たいへんなことになったと思ったのですが、当時30代の海老蔵(11世團十郎)松緑、染五郎(8世幸四郎)芝翫(6世歌右衛門)梅幸などが 頑張って、戦後歌舞伎の黄金時代を作ったことが、思い出されます。

 前回のブログにも書いた、お正月浅草歌舞伎の若手はじめ、若い世代にも大いに期待できると思います。三津五郎は数年前に神奈川の大山で坂東流に伝わる舞踊「山帰り」を奉納したことがあります。そのときのスケッチがあります。背景はそのとき演じた大山寺の神楽殿です。
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 今月は歌舞伎座は行かなかったのですが、「一谷嫩軍記」の陣門、組み討ちが吉右衛門と菊之助でやりましたね。組み討ちと熊谷陣屋と見られると期待した方もあったようですが、そうは歌舞伎座も甘くありません。残念でした。
 初世吉右衛門が 敦盛に実弟のもしお(17勘三郎)でなく、菊五郎劇団の梅幸にやってもらって、話題になったのを思い出しました。このときのことは「お菓子屋の馬の足」に書いてありますので、クリックしてみて下さい。

 24日には長唄協会の春期演奏会が国立大劇場でありました。
 会長の鳥羽屋里長師が三味線の杵屋淨貢師と組んで「勝三郎船弁慶」を演奏しました。

 芝居でやる「正治郎船弁慶」のもとになったもので、より原曲の能に近くなっています。その代わり50分ほどかかる大曲です。里長師は昨年秋の演奏会でも50分を超える「大望月」を演奏され、そのエネルギッシュな演奏は長唄界最長老とはとても思えぬお元気さです。私と同年配なのでこちらは恥ずかしいです。

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