橋之助の髪結い新三 27年3月国立劇場

 3月は国立で橋之助の「髪結い新三」を見ました。

 勝奴から忠七、弥太五郎、果ては大家までやっているのに、新三が初役とは驚きですが、今まで勘三郎、三津五郎をサポートしてきた実力がここに花開いたという感じです。

 前に橋之助が勘三郎の新三で忠七を演じた時はその台詞まわしが6代目の新三でいつも忠七をやっていた男女蔵(3代目左團次)そっくりだったのでビックリしました。
 聞けばウチに荒川さん(3,左團次)のオープンリールがあってそれを聞いたそうです。オープンリールとは恐れ入ったことでまだカセットも無かった頃です。橋之助の研究熱心さを感心しました。

 橋之助はこれから若手のリーダーとしてますます責任が重くなって行くでしょう。
 去年から今年にかけても先代萩の仁木弾正、輝虎配膳、髪結い新三、そして今月は勧進帳の弁慶、来月の巡業には河内山宗俊と初役、大役がつづきまるで幸四郎、吉右衛門、仁左衛門一緒にしたような大 奮闘。くれぐれも体に気をつけていただきたいです。

 他の役役では、なんといっても車力の善八,いろんな役者がやってますが、私のイメージとしては秀調しか浮かんできません、秀調一番の当たり役です。
 父から聞いた羽左衞門の与三郎に梅幸のお富に配する蝙蝠安は松助に決まっていたみたいなもんでしょう(昭和初めの話です)

 児太郎のお熊 いいです。この役とか六段目のお軽、野崎村のお光、妹背山のお三輪など(未だの役もあるけど)可哀想な女が似合ってますね。あとはお父様に負けず、揚巻、八つ橋などやれるような貫禄がほしい。

 勝奴は国生ちゃん 良いお兄さんになりました。この役は助六の“かつぎ”のように将来の新三が期待される役です。カギのくだりなんぞなかなかよかったですよ。
 
 錦之助の弥太五郎源七、なかなかいいですが、今やっている髪結い新三では損な役回りです。新三にやられっぱなしで、いいところないですもの。錦之助がとても良いだけに惜しいです。国立劇場ならこのあともやってほしかった。


前に前進座が通しでやったことがあります。そのとき書いた物を例によって再録します。

 
前進座の髪結い新三(2005年10月 吉祥寺前進座劇場) 
 前に前進座でみた髪結い新三(新三 梅之助、 源七 圭史)では閻魔堂橋のあと、新三を殺めた源七が近くの居酒屋へ行きそこの親父にもう歳なんだからまともに暮らせと意見をされ、さてはこの親父人殺しを察したなと親父夫婦を殺そうとするが、この仏様のような夫婦には手が出せず落ちていく。という人情話のような一場があって、大岡様のお奉行所の白州の場になり、捕まってシラを切る源七が、婿殺しを計画した若いお熊忠七の純な心にほだされて(長くなるので詳細カット)新三殺しを白状しその潔さに奉行も情けある裁きを下す、と言う場があるのです。ここまでやれば源七のカオも立つというもの、左團次にやらせてみたい。
 この大岡様は新三をやった役者がやることになっていて、殺されっぱなしじゃ後味悪いと五代目がやったということです。(真偽不明)

画像



もうひとつおまけの余噺
 東西線か大江戸線の門前仲町を出て清澄方面に向かうと右に法乗院というお寺があります。これが名高い閻魔堂。今でも大きい閻魔様が鎮座しています。深川とこの閻魔堂の間に川がああってそれにかかっていたのが閻魔堂橋(今はありません)
、閻魔堂の前に道を隔てて小さな公園があり道が斜めに通っているので三角公園と言います、これが四谷怪談三角屋敷あとといわれます。この公園のトイレの前の塀にペンキで新三、源七の閻魔堂橋の立ち回りの舞台絵がかいてあります。なかなか上手で勘三郎(17代)白鸚によく似ています。でもトイレの塀とはね- 。近くには北斎の住んでいた跡、江戸資料館などあって、高橋のドジョウやとかアサリをぶっかけた深川丼を食べさせる店などもあったと思うのですが、いまはどうなっているのか?ご存じの方はコメント下さい。


"橋之助の髪結い新三 27年3月国立劇場" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント