平成中村座 鳥羽屋里長を聞く会など

更新すっかりサボっているのですが、naojiroは元気です。芝居、邦楽もポチポチ行ってます。

 4月の平成中村座は5月の千穐楽の前日5月2日に見ました。今年は橋之助の勧進帳がお目当てです。
 中村座も平成12年の隅田公演の法界坊以来見ていますが、やはりここ浅草寺裏がいい、初回の隅田公園は駅から遠いのでこのとき連れて行った小学生の孫娘が「じじ人力車に乗ろう」と一緒に乗ったことを思い出します。
 あと夏祭浪花鑑、なども定番ですが、珍しい「骨寄せの岩藤」なども印象に残っています。
 勘三郎が亡くなり、福助も病に倒れさびしくなりましたが、新しい勘九郎兄弟を助け、初回よりのメンバー、橋之助、弥十郎、亀蔵などがしっかりサポートし、国生、児太郎、新俉などフレッシュなメンバーも増えしっかり中村座の伝統を伝えていくのは頼もしく思えます。

 橋之助の勧進帳は平成6年3月に京都南座で 染五郎の冨樫、孝太郎の義経で演じたのが初演です。この時長唄の鳥羽屋三右衛門(文五郎)が初めて勧進帳のタテを唄いました。  この二人を見るためにわざわざ、京都まで行ったのですから、こちらも行動力があったものです。最近のブログもサボり勝ちなのは 、やはり年令を感じてしまいます。
 橋之助の弁慶は役者ぶりが大きいし若いので元気もあり、結構でした。
 幸四郎、吉右衛門の大御所の後の弁慶は、三津五郎、橋之助と思っていたので、三津五郎亡き後橋之助の責任は大きいです。
 いずれ海老蔵、松緑が弁慶役者になるでしょうがまだ二人に比べて一日の長があります。染五郎はやはり冨樫のニンでしょう。今回冨樫をやった勘九郎もたぶん良い弁慶役者になると思います。

 4月28日鳥羽屋里長を聞く会(紀尾井小ホール)
 
歌舞伎のタテ唄、長唄協会の会長としてお忙しい里長師、歌舞伎舞台以外の長唄を聴ける久しぶりのリサイタルとあって、おまけに会場が300席ぐらいの紀尾井小ホールとあって私たちでも切符を確保するのに苦労しました。

 演目は歌舞伎に縁ある大薩摩「石川五右衛門」妹背山御殿のメリヤス「松風」次が若いときから一緒にやってきた松竹常務の岡崎さんとの対談で、これはもう6世歌右衛門の思い出一杯です。この2二人の歌舞伎関係歴と 私の歌舞伎観劇歴がピッタリ合っているので興味尽きない思いで、うかがいました。籠釣瓶の八つ橋の愛想づかしの引っ込みで、「松の緑」の(なおー も おお おー)と歌右衛門の引っ込みにあわせる苦労話です。終わって楽屋へうかがうと、「あんた、あれじゃ私 泣けないわよ」 そのうちある日「あら今日はお父さん(五郎治師)来てたの」 歌右衛門の最高の褒め言葉だったとおもいます。たいへんだなぁと思いました。
 最後が長唄で歌舞伎ではやらない研精会の「紀文大盡」で稀音屋助三朗師の三味線で本当に珍しい選曲で私も初めてうかがいました。物語性の多いこの曲が里長師の芸風にあって大変興味深く、いいものを聴いたなぁとうれしくなりました。

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